2014.03.11/03.12

ポストカード
宮古・日立浜の猫たちの、ポストカードこちら

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2014.03.11
前日10日、最後の日、ちわりを病院へ預けた後した買い物が、
そのまま玄関に置きっ放しでした。
向かって左のビニールの中は、ペット用ウェットティッシュのまとめ買い。
強制給餌やトイレの失敗、自分ではもう身繕い出来なかったちわり…
たくさん使うから、いつもあっという間に無くなったのに、
お顔も、耳も、お腹も、肉球も、しっぽも、おしりも、なにもかも、
わたしが毎日拭いていたのに、
もう使われることもなく、残ったままになったウェットティッシュ。
真ん中はトイレのスッポン。通水カップ、Plunger…
ちわりのトイレの失敗を片付けている内に、
ニンゲン用トイレを詰まらせて必要になりました。
大丈夫だよ、ちわり。どこでしてもかまわないよ。ママが片付けてあげるから。
加速していく状況の悪化…
でも、仕切り直してもう一度、きっと追いつける。絶対追いつく。そう思っていました。
元気出して、さぁ、もう一度がんばろう!って。

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2014.03.11
一晩中抱いて迎えた朝。
昨日の買い物のメインは子猫用トイレでした。
入り口の高さが普通のトイレの半分。
他の買い物は置きっ放しにして、これだけすぐに箱を開けました。
どこでしてもいいのに、楽な場所で、寝たままでもいいのに、
それでもトイレでしたがるちわりのため、帰ってすぐ組み立て、砂を入れて…
でも、一度も使ってもらえませんでした。
抱き上げたわたしのスリッパに…それが最後のおしっこでした。

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2014.03.11
毎日250ccの輸液をしていました。
朝入れた輸液は、いつもどちらかの足を大きくさせ、
夜になってもそのままのことが多く、
時には明け方にも、朝の早い時間にも、まだ残っていることがありました。
それでも、いつもの輸液の時間には、きちんと吸収されて足も同じ大きさになり、
新しい、今日の輸液が出来ました。
でも、夜に止まった時間。すべてがそこで止まり、
もう吸収されることのない、小さくならない足。

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2014.03.12
11日の夜は、わたしとちわりはソファで一緒に、
ナオキは床にシュラフを敷いて寝ました。
最後の夜、最後の朝。

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火葬のために、
ささみと、まぐろと、かつぶしと。
もっと欲しい物はない?なんでも言って。なんでも持たせてあげるから。
まるで旅行の準備みたい。キミだけの旅。
ついていけないの?ひとりではどこへも行ったことのないキミなのに。

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半熟とろとろの玉子とクリスピーキッス、またたびパウダー、
いつも使っていたバスタオル、それからトンちゃんも。
小花模様の端切れは、ずっと昔、ちわりとドライヴする時、
ちわ毛だらけ防止と安定だっこのためのあぐら時丸見え防止に、
車の中でよく着ていた割烹着の一部です。

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毛が付いて困るような服を着なくなり、
スカートも履かなくなってあぐら丸見えでも差し支えなく、
もう外で着ることはありませんでしたが、
いつも抱いていた、顔を押し当てていた胸のあたり、
思い出と、ママの匂いと、全部一緒に持って行って。

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まだ1歳になる前から、21年間、
何度も何度も、数えきれないくらいしたたくさんのドライヴ。
いつだって楽しかった。
素敵なレストランや、街中のお店へ入れなくても、
ただキミと走っているだけでとても楽しかった。
それなのに…
火葬へと、こんなに悲しい、こんなに辛いドライヴが、
キミとの最後のドライヴなんだね…

どれだけ撮っても撮り足らないような、でも、とても空しい写真たち。
こんな記事をUPして何になるだろう…と、思う。
一人で、胸の中で悼めば良いのに、
誰でも悲しさは悲しさとして、日常にちゃんと戻っているのに、
戻れない。我慢できない。イタイイタイイタイ…って、泣きわめいている。
3ヶ月も経っているのに、もう夏なのに、でも、わたしは春浅い3月のまま、
自分を置いて来てしまったみたいです。

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お礼と、重ねてのお願い。

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特にお腹の子猫を殺すことについて…
ちわりを亡くしてなおさら思います。
わたしの猫が死んで悲しいと言いながら、他の猫の命を絶つことは出来ない。
亡くした子の一生を愛しく思うなら、他の猫の生を否定することなど出来ない。

堕胎のためのお金を募ることはないでしょう。
でも、どのような理由であれ、そういう団体(や、個人)に寄付や応援をすれば、
結局それはお腹の子猫を殺すのに加担することです。
そして、そういう団体(や、個人)は、わたしがブログを始めた5年前と比べ増えている、
もしくは大っぴらになっていると感じます。
少しずつ、じわじわと、お腹の子猫を殺すことさえ、外猫を少なくするためなら良い…
と、なりつつある気がします。
わたし(ニンゲン)が、保護・管理出来ないなら生まれない方が良いというのでしょうか。
それが進めば、「子猫の場合保護場所が無い時は送る(安楽死させる)こともある」と、
平気で書く愛護やそれを擁護する人たちにたどり着き、
広がれば、去勢だけされて捨て置かれる猫、
お世話している主な人たちが知らない間に、
去勢だけして引き上げて行く団体などにたどり着く。

もうずっと前ですが、ナオキに去勢の話をしたら、
え!なんで!猫だってがんばって生きてるのに…
と、やたらシンプルな一言が返って来て、つい笑ったことがありました。
そうですよね。がんばって生きてるの。
ちわりもがんばって生きて、きっとしあわせだったと信じてる。
21年前のちわりを、どうぞ殺さないでください。重ねてお願い致します。

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by chiwari-yuki-y2 | 2014-06-15 14:15