2014年 04月 19日
最後と最初

宮古・日立浜の猫たちの、ポストカードこちら
☆☆☆
このあいだの火曜日、4月15日、
車で出かけたら駐車場に、

キャンピングカーが止まっていて、中にわんちゃんがいました。
窓からこちらを興味津々で見ているわんちゃん。
かわいいな、どこへ行くのかな。いいな…と思ったら、
どっと悲しくなってしまった。

2014.02.25
生きているちわりと、最後にドライヴしたのは2月25日。
その後は3月4日に青森へ、3月10日は市内を車で走っているけれど、
どちらも病院へのドライヴだったから、
ほんとのお出かけ、楽しいドライヴは2月25日が最後でした。
急な坂道を、踏ん張って、強くブレーキ踏みながら、
なんとか上手に少しずつ降りようとしていた。
でも、いくらブレーキをかけても、どんどん加速していく、
その下り坂に負けてしまった。
ふと、恐怖に負けて放心してしまった。
わたしの書き方が悪くて…ご心配おかけしました。
コメントやメッセージ、メール等で、
何か厳しいことを言われたということは全然ありません。
ただ、大事な子を亡くした時、自分を責めて、
思いつめる方はたくさんいるのだな…って。
そして、人のことだから言えるのだけど、
お話聞いて、もし、こうしていたら…を、していたとしても、
結果は同じだったかもしれないよ…と、思ったり。
いつもと同じ、穏やかな一日、
今日もつつがなく終わるはずだったのに…
ちょっとした食い違い、小さな不注意、
何でもないはずの、ほんの小さなことが、最後の藁になる…
特に、突発的なことで亡くなった時は、
自分を責めてもどうにもならないと思います。
そして、どんな猫さんもわんちゃんも、
ママを怒ったり忘れたりしないよ…
だけど、そうやって人には言っても、
やはり毎日悔やまない日は無くて、なぜ、どうして…と思ってしまう。
考え始めればキリが無くて、
21年間の全てがこの悲しいお別れにつながってしまう。
わたしは自分勝手だから、その内ちわりに文句を言ってしまいそう。
なんで死んだのよ。
ママが出来悪いニンゲンなのは知ってるでしょ、長い付き合いなんだから!
ママの失敗をフォローしてこそちわりじゃないの。ひどいよ…って。
これだからニンゲン・メスは…と呆れられるかな…
体調を崩してからも、目が見えなくなってからも、強制給餌になってからも、
また色々な所へ行こうね、一緒に行こうね…って、
いつもちわりに話していました。
大丈夫、輸液持って、ムースごはん持って、どこへでも行けるもん…
そんな日はもう無いとわかっていたけど、
でも、ほんの少しの希望を、いつも心の中に持っていました。
ちわりが亡くなってしまうその時までずっと…
そのままずっと、一緒に走っていたかったよ。

残っている一番古いドライヴ写真は、1993年10月17日。
宮古へ行っています。

何をしたのか、どんなことがあったか、もう覚えていないけれど、
きっと楽しい一日だったはず。
次の週末には秋田の海へ一緒にドライヴ、
その年の年末から翌年のお正月にかけて、
ちわりと初めて一緒に過ごした年末年始にもロングドライヴで、

1993.12.29
東京の部屋へ帰省し、その部屋から、

1993.12.30
伊豆へもドライヴしています。

伊豆へは何度も一緒に行きました。
思い出をつなげて、明日は2012年春の、
伊豆の桜と一緒に撮ったちわりをUPしようと思います。
よかったら見てくださいね。
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ありがとうございます。
コメント、メッセージ、メール等ありがとうございます。
親しいお友達にも、きちんとお返事書けおらず、
初めましての方にはまったくお返事出来ていません…
ごめんなさい…





